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平成14年1月号より


▼新春1月18日(金)から26日(土)まで、第43回日本陶磁協会賞受賞作家展が銀座・和光ホールにて開催されます。今回は、大地に根差したプリミラィブな魅力と共に清潔でモダンな現代感覚を合わせ持つ小川待子さん(12年度受賞作家)を含め、歴代受賞作家の中から48人の秀作130点余が展示されます。この機会に会員の皆さまの多数のご来場をお待ちしております。(和光美術部03-3562-2111・代)

▼当協会常任理事で、東京国立近代美術館工芸課長の金子賢治さんの初の評論集『現代陶芸の造形思考』(阿部出版)の出版を祝う会が12月1日、東京一ッ橋の如水会館で開かれた。発起人は人間国宝、評論家など42人、この呼びかけで、400人を越す陶芸を中心とした工芸界の人々が集ったことに、まずは驚きを感じる。
はじめに、東京国立近代美術館館長・辻村哲夫氏、金沢美術工芸大学学長・乾由明氏、茨城県陶芸美術館館長・長谷部満彦氏の祝辞があり、次いて三重県立美術館館長・白石和己氏の乾杯の音頭で、参加者一同大いに盛り上り、なごやかなパーティが繰り広げられた。

▼平成13年12月1日に行われた「伊部南大窯跡周辺窯跡群確認調査現地説明会」の資料にょると、10月上旬から始った調査により、今回新らたに窯跡2基が発見されたとある。発見されたのは、国指定史跡南大窯跡の東南方向100mの所、および西100mの所の2箇所。
西側にあるのは天保11(1840)年頃に築かれた江戸時代の窯跡で、明治18年〜19年(1886)年頃まで操業していた、いわゆる天保窯。全長約18.5m、幅約4.5m、勾配は南北の方向に向いて10数度。天保窯と遺構が近似し、とくに火格子部分の円柱は天保窯と全く同じ構造という。これは佐藤陶崖が天保11年に記した『融通講規定控』の記述とも一致するもの。
一方、東南方向、榧原山中腹の標高70mの地点で発見された窯跡は平安時代のもの。全長約4〜5m、幅1m弱の小さな窯だが、焚口は北側にあり、南側に向って約30度の勾配がある。窯内からは杯片が出土、焚口から北側約5mの地点でも大量の炭と杯片が確認されたという。
この窯跡については9世紀の年代と推定。従来、この時期には伊部の谷間には一基の窯跡も確認されていなかっただけに、大きな反響を呼びそうだ。これまで伊部で窯が確認されたのは12世紀末の平安時代末期のもの。伊部の南の佐山地区、長船町の磯の上地区から須恵器生産集団が移り住んできて備前焼が成立したと考えられていたが、この窯の発見によって、もっと早い時期に伊部の中心部に移り住み操業していたことになる。備前焼成立の問題と大きく関わるだけに、今後の調査研究の展開に期待される。

▼陶芸家の山田光さんが11月29日、肺炎のため死去された(77歳)。お通夜は12月1日午後6時から、告別式は2日午前11時から、ともに京都市山科区東野狐薮町の西本願寺山科別院で行われた。喪主は妻、みづほさん。山田さんとは4月12日の鈴木治さんの告別式でお会いしたのが最後。これほど早くにお別れすることになったことは残念でならない。心からご冥福をお祈りいたします。合掌